第51回~第60回

第51回~第60回 admin 2008年7月28日(月曜日)

第51回『俺たちに明日はない』

第51回『俺たちに明日はない』 kat 2009年7月27日(月曜日)

 本作は、大恐慌時代に実在したアベック銀行強盗を題材としたアメリカン・ニューシネマ先駆けとなる1962年のアーサー・ペン監督作品。このアメリカン・ニュー・シネマの流れは、『イージー・ライダー』(1969年)、『明日に向かって撃て!』(1969年)へと続いていく。

 ムショ帰りのクライド(ウォーレン・ベイティ)がいつものように車を盗もうとしているところを、「それ、うちの車だけど」と2階から笑って遮ったボニー(フェイ・ダナウェイ)。ひょんな出会いで互いに惹かれながら、ボニーとクライドはテキサス州ダラスを中心に、自動車泥棒と銀行強盗を刹那的に繰り返しながら、明日の見えない旅を続ける。

 次第に彼らはアベック強盗として新聞でも取り上げられ時の人となるのだが、クライドと出会ったころのボニーはまだ銃を扱ったことがない。そこでクライドは空き地でボニーに銃の練習をさせるのだが、もちろん初めからうまくいくはずもない。そこで「扱いやすいスミス&ウエッソン(S&W)を買わなきゃな」というクライドのセリフが出る。S&W社は1896年、一貫して製造してきた中折れ式の回転弾倉式拳銃(リボルバー)に代わって、シリンダー(回転弾倉)をフレームの横に開く形式(スイングアウト式)を発売した。これは32口径S&Wロング型だが、その後1911年、この32口径スイングアウト式リボルバーのフレームに22口径の銃身を取り付けて発売されたたものが、22./32ハンドイジェクター「キット・ガン」である。魚釣りなどのときにキット・バッグに入れるのに最適な大きさ、口径であるところからこう呼ばれたらしいが、クライドのセリフにあるS&Wは、時代的にもこの銃をさすのであろうか。

 ちなみに銃弾を全身に浴びて倒れるスローモーションのシーンでは、装弾数50発のドラムマガジンを装着した1928年開発のトンプソン・サブマシンガンによる一斉掃射がなされる。この「死のダンス」と称される壮絶で美しい映像の効果は後の映画でも多用されているが、実話でもこの一斉掃射による被弾数は何と87発だったという。この掃射は、単に悪を懲らしめるためだったろうか。『イージー・ライダー』でも見られるように、枠にとらわれた人々のアウトローというまぶしい自由への羨望があるように思えるのだが。

第52回『グーニーズ』

第52回『グーニーズ』 kat 2009年8月3日(月曜日)

 オレゴン州の小さな町グーンドック。マイケル・ウォルシュ(愛称マイキー、ショーン・アスティン)の家は銀行に借金を抱え立ち退きを迫られていた。マイキーら“グーニーズ(まぬけな連中の意。グーンドックの連中の意も)”の少年4人は、マイキー宅の屋根裏部屋で伝説の海賊「片目のウィリー」が遺した宝の地図を発見、家を救うべく宝を求めて大冒険を繰り広げる。だが、地図を頼りに行った先は放置された岬の燈台レストランで、そこは手配中のギャング、フラッテリー一家の隠れ家となっていた。宝を横取りしようともくろむフラッテリー一家に追われながら、レストランの地下に広がる大洞窟で、グーニーズの宝探しのアドベンチャーが始まる。

 宝に至るまでには当然、宝を守るためのトラップがある。グーニーズの一人、リッキー・ワン(愛称データ、キー・ホイ・クァン)も底に剣山のある落とし穴に落ちる。データは、いじめ撃退のための発明品をいくつも身にまとっていて、投げ縄ならぬ入れ歯クリップ付きのロープで天井の突起をつかみ、何とか難を逃れるが、床に這っていたロープを誤って引っ張ろうものなら、天井のほうで鎌が振り子運動を始め、岩を固定していたロープを断ち切り、岩をストンストンと落としていったり、骨でできたオルガンは楽譜どおりに弾けば通路が開いていくが、ミストーンしようものなら足元が崩れていくなど、様々な罠とフラッテリー一家がグーニーズを襲う。

 本作は『ET』のアンブリン作品で、製作年が1985年という背景もあって、『インディ・ジョーンズ』シリーズ風のトラップやジェットコースター・アクションが満載だが、マイキーの家を救おう、グーニーズを守ろうとする少年たちの友情を核にした作品である。夏休みに、親子で見るのもお勧めである。故マイケル・ジャクソン作『ウイ・アー・ザ・ワールド』でも独特なソロをとった、シンディ・ローパーが歌う主題曲『The Goonies 'R' Good Enough』もストーリーを盛り上げている。

第53回『ディパーテッド』

第53回『ディパーテッド』 kat 2009年8月10日(月曜日)

 本作は2002年の香港映画『インファナル・アフェア』をマーチン・スコセッシ監督がリメイクした。スコセッシ監督は本作で初のアカデミー監督賞を受賞した。

 貧困と犯罪が渦巻くマサチューセッツ州ボストン南部(通称サウシー)で育ったビリー・コスティガン(レオナルド・ディカプリオ)は、警察学校を優秀な成績で卒業するが、その生い立ちを買われ、マフィアへの極秘潜入捜査を命じられる。その任務はアイリッシュ・マフィアのボス、フランク・コステロ(ジャック・ニコルソン)を信用させ、犯罪の確証をつかむこと。一方、同期の優秀な若手警察官であるコリン・サリバン(マット・デイモン)は、マフィア撲滅の特別捜査課(SIU)に配属されるが、実はコステロに育てられ警察の情報を横流しする内通者。素性を隠して潜入生活を続けるビリーとコリンの二人は、それぞれ迫り来る影におびえながらミッションを遂行しようとする。

 押さえようとしていた証拠というのは、コステロが巡航ミサイル用に中国に売りつけようというマイクロプロセッサの密売。先の北朝鮮のロケット、いや核弾頭ミサイルがどの程度の命中率だったのかは不明だが、こちらは100万km先のラクダも外さないという(100km先にラクダがいるかどうかが不明だが)。「台湾を十分にけん制できる」というコステロの言葉に、中国側は取引を行うが…。

 本作は影でコステロを庇護するFBIと彼を追うSIUとの対立を描きながら、アイルランド系アメリカ人の生き様を描いた。スコセッシ作品でマフィアのドンといえばロバート・デ・ニーロが定番だが、アイリッシュ系ということでキャストから外れたのだろうか。『シャイニング』での演技を思わせるようなジャック・ニコルソンの狂気あふれるボス役も圧巻である。

第54回『氷の微笑』

第54回『氷の微笑』 kat 2009年8月17日(月曜日)

 夏といえばビールの消費が多い季節だが、近年はウイスキー派も増えてきているそうなので、この季節ならオン・ザ・ロックだろう。ロックグラスにやっと入るくらいの大き目のかち割り氷の上にウイスキーを注ぐ。氷はすぐに溶けない角の少ない球状にする。できればアイスピックで。本作は、ベッドの上で元ロック・スターがアイスピックで惨殺されるところから始まるポール・ヴァーホーヴェン監督によるエロティック・サスペンスである。

 サンフランシスコ市警殺人課のニック・カラン(マイケル・ダグラス)が惨殺事件の容疑者として追うのは、殺された元ロック・スターの恋人で美人小説家のキャサリン・トラメル(シャロン・ストーン)。キャサリンは数年前に両親を事故で亡くし莫大な遺産を相続、また数ヵ月前には惨殺事件そのままのミステリー小説を発表していた。ニックはというと、コカイン中毒で捜査中に誤って観光客を射殺してしまった過去を持つ。キャサリンはそのニックをモデルに次回作を書くという。ニックはキャサリンへの容疑を濃くしながらも、彼女の魅力に次第に溺れていく。

 キャサリンは重要参考人として一度警察で尋問を受ける。下着を着けていない脚を組み替えながら刑事たちを翻弄するシーンは実に悩ましいが、警察もお手上げとばかり行うのが嘘発見器、つまりポリグラフによるテストだ。SRR(皮膚抵抗反応)や呼吸、脈拍をグラフに書き留めていく、あれである。犯人しか知りえない質問に反応して波形が乱れたら最後、犯人と判定される。なので「全部いいえで答えてください」というやり方は基本的にしない。いずれにしても心理学を専攻していたというキャサリンはこのテストもあっさりとクリア、物的証拠もないので、無罪放免となる。

 本作も、第10回『ファム・ファタール』同様、妖艶な才女キャサリンという悪女によって破滅へと導かれる男・ニックを描くフィルム・ノワール風の作品である。キャサリンがアイスピックで砕く氷とジャックダニエルのオン・ザ・ロック、青い海を背にした白亜の別荘などが、夏をちょっとだけ涼しく感じさせてくれる。

第55回『トランスポーター』

第55回『トランスポーター』 kat 2009年8月24日(月曜日)

 本作は、ワケアリ荷物を運ぶプロの運び屋が活躍するリュック・ベッソンプロデュースのカー・アクション・シリーズである。

 高額の報酬と引き換えにどんな依頼品でも目的地まで運ぶプロの運び屋、フランク(ジェイソン・ステイサム)。ルールは、契約厳守、名前は聞かない、依頼品は開けない、の三つ。ところがフランクは、依頼された重さ50kgくらいの動く荷物を開けてしまう。荷物の中身は、何と手足を縛られたアジアン・ビューティー、ライ(スー・チー)だった。目的地に着いたフランクに中身を知られた組織のボス、ウォール(マット・シュルツ)は、さらなる依頼を装いフランクに渡した時限爆弾入りトランクで愛車BMW735iは木っ端微塵に吹き飛んでしまう。フランクは危うく難を逃れるが、次々と組織の激しい追っ手が迫る。

 フランクが組織に追われるままバスの屋根に飛び乗り、そのままバス操車場に入って格闘する場面がある。多勢に囲まれたフランクは、ドラム缶を倒してオイルをぶちまけ、相手は地面のオイルに足をとられるが、フランク自身も足元がおぼつかない。そこで隅に置いてあったロードバイク用のビンディングシューズを履くのである。ビンディングシューズはペダリングの回転を安定させるためシューズを瞬間的にペダルに固定させるもので、靴底に取り付けられたクリートという楔となる金具がビンディングペダルにはまって結合される。このクリートの楔が床に撒かれた油の膜を破断し、地面をグリップして態勢を整える。もちろんビンディングシューズで蹴りを食らわせれば、立派な凶器である。

 作品でBMWもベンツも惜しげもなく吹っ飛ばされボロボロになっていくが、今回のワケアリ荷物はピッカピカ、実にキュートである。

第56回『グッドモーニング・バビロン!』

第56回『グッドモーニング・バビロン!』 kat 2009年8月30日(日曜日)

 今年は東京・お台場にガンダム、神戸に鉄人28号が原寸大で登場しているが、タヴィアーニ兄弟監督による本作では、映画草創期のハリウッドに乗り込んで、原寸大のゾウの像を作るイタリア人の職人兄弟の姿が描かれている。

 1910年代イタリア・トスカーナ地方、ロマネスク大伽藍の建築と修復を家業としてきたボナンノ家7人兄弟の2人、ニコラ(ヴィンセント・スパーノ)とアンドレア(ジョアキム・デ・アルメイダ)は、借金を抱えながらも家業を続けることを主張、腕を磨くべくアメリカに出稼ぎに行く。そこではちょうど、後に「映画の父」と呼ばれるD・W・グリフィス監督による、『イントレランス(不寛容)』の製作が始まっていた。同作は、社会の不寛容から青年が無実の罪で死刑宣告を受ける当時のアメリカ、不寛容なパリサイ派のために起こったキリストの受難、イシュタール信仰に不寛容なベル教神官の裏切りでペルシャに滅ぼされるバビロン、ユグノーに不寛容な宗教政策によるフランスのサン・バルテルミの虐殺の四つの時代を並列的に描いた作品。グリフィス監督は壮麗なバビロンのセットを作るため、パナマ運河開通記念のサンフランシスコ万博でイタリア館建築に携わった棟梁たちをスタッフに加えるよう指示、ニコラとアンドレアはその棟梁になりすましハリウッドにくるものの、製作主任のグラース(デビッド・ブランドン)に見抜かれ、追い払われる。小間使いを命じられた二人だが、そこは職人技である。森の中でグリフィス監督がこだわるゾウの像を製作、美術担当としての腕を認められていく。

 この時代カメラは手回しである。作中で撮影隊は、カタカタとギヤがかみ合う音を立てながらハンドルを回し、コマを送る。光と影が映像を作るモノクロ映画にあって、採光は命だった。宮殿で女神たちが舞う場面を撮るとき、監督は「舞台と映画は違う。舞台は電気の光のもと、映画は自然の光の中で物語が進んでいく」という。実際にはセットの中で撮りつつも、自然の光をどうやって入れるか。窓を覆っている暗幕の一部を円形にくり抜き、その上から一回り大きな丸い黒ふたをかぶせ、上部で1点止めした仕掛けを、まずアンドレアが少しずつ回し、下弦から半円、そして円形へと窓が開いていくと、女神たちに徐々に光が当たっていく。次に、ニコラが両手で2本のロープを引っ張って観音開きに暗幕が少しずつ開けていき、光が降り注ぐ。

 本作の構想が生まれるほどに、歴史劇の伝統があるヨーロッパでは評価が高く商業的にも成功した『イントレランス』だが、アメリカ国内では、内容が難解で看板女優リリアン・ギッシュが表面的にはフィーチャーされていない扱いだったことなどから興行的に大失敗、壮大なバビロンのセットを解体する費用がまかなえず数年間廃墟のように放置されていたとか。当時の不寛容なアメリカの観客には見捨てられた作品だったが、後には『国民の創生』とともにグリフィス監督の代表作となった。

第57回『プリティ・ウーマン』

第57回『プリティ・ウーマン』 kat 2009年9月14日(月曜日)

 企業買収を繰り返す若手事業家のエドワード・ルイス(リチャード・ギア)はロータス エスプリ ターボSEに乗って道に迷い、ストリート・ガールのビビアン・ウォード(ジュリア・ロバーツ)にハリウッドのホテルまでの案内を頼んだ。なぜかビビアンに興味を覚えたエドワードは彼女を自分のスイートに留め、1週間自分のアシスタントとしていてほしいと頼む。エドワードに同伴して社交の場に出るうちに、ビビアンは華麗なドレスを着こなし『マイ・フェア・レディー』のように洗練されていくが…。

 エドワードがビビアンに興味を覚えたのはロータス エスプリ ターボSEの車中だろう。ホテルまでロータスを運転したのはビビアンだ。足が小さい女性にはロータスのアクセルとブレーキが近い位置にあるのが運転しやすいと言い、2.2L水冷直列4DOHCICターボでハリウッドの街中を飛ばし、コーナーさばきを見せ、ホテルにドリフトで横付けする。このロータス エスプリ ターボSEはこの映画が作られた1990年に発売されている。ある種のコラボだろうか。

 このロータスと並んで物語に関わるメカは、何度か登場する非難はしごだろう。アメリカの築年数の古いアパートでは避難階段などが設置されていないため、必ず窓から非難はしごなどで脱出できるようにしている。家賃を滞納しているビビアンは、大家に気づかれないようチェーンをガラガラやって非常はしごを階下まで伸ばし、窓から外に出る。最近の非常はしごでは、解除グリップの操作だけで瞬時にはしごが地上までスライドして伸びるものも出てきているようだ。

 今年は壮年のリチャード・ギアが、いくら日本通とはいえ「ハチ~!」とか言っている不思議な物語に出演しているが、やはり本作のようにアルマーニのスーツに身を包んだ『アメリカン・ジゴロ』ばりのセクシーな姿が、女性たちの描くギアのイメージではないだろうか。キュートなジュリア・ロバーツも必見である。

第58回『ハッピーフライト』

第58回『ハッピーフライト』 kat 2009年9月27日(日曜日)

 本作では、機長昇格への最終訓練に臨む副操縦士、初の国際線フライトに胸踊る新人キャビン・アテンダント(CA)、乗客のクレーム対応に追われるグランドスタッフ、離陸時刻が迫るなかメンテナンスを急ぐ若手整備士、窓際族のベテランオペレーション・ディレクター、ディスパッチャー、管制官、バードパトロールなど、1回のフライトに携わる多くのスタッフ達の姿がグランドホテル形式で描かれる。『ウォーターボーイズ』や『スウィングガールズ』などの矢口史靖監督が手がける、タイトルを裏切ったパニック映画である。

 副操縦士の鈴木和博(田辺誠一)は、機長昇格の最終訓練として乗客を乗せホノルルに向け飛び立つ。鈴木は威圧感たっぷりの教官であり機長の原田典嘉 (時任三郎)に、国際線デビューとなるCAの斎藤悦子(綾瀬はるか)は鬼チーフパーサーの山崎麗子(寺島しのぶ)に監視される中、ホノルルへのフライトは円滑にいっているように見えたが、何らかのメカ・トラブルに見舞われ、航路を変更することに…。

 さて、メカ・トラブルとはなんだろう。フライト前、伏線のようにいろいろなメカが映し出される。たとえばランディングギヤ(着陸装置)。機体が離陸した際にパイロットがギヤレバーを上方に引き上げると油圧のピストンとシリンダで構成されたアクチュエータが作動しランディングギヤを引き上げ格納、着陸時はギヤレバーを下げるとランディングギヤが展開される。2軸ターボファンエンジン。最前部のファンと最後部の追加タービンを支える低速軸系とコンプレッサおよびタービンブレードを支える高速軸系の二つの回転軸で構成される。速度を検出するビトー管。ピトー管が検出する全圧(動圧+静圧)と静圧孔が検出する静圧は計器内部のダイヤフラムの内側と外側へ伝えられ、ダイヤフラムは全圧と静圧の差(動圧)によって伸縮、つまり動圧の変化を表すのでこれを機械的に指示、コンピューターに伝達することにより対気速度を指示させる。鳥のアタックによるメカの被害(バードストライク)を防ぐべくバードパトロールが空砲を撃つのだが、保護団体に邪魔され、飛行機は飛び立ち…。

 本作は搭乗スタッフと地上スタッフの連携でトラブルに臨むという点では、『アポロ13』のようなスリリングあふれる作品だが、綾瀬はるかのホンワカしたキャラがサスペンス・コメディー風に仕上げているようだ。

第59回『踊れトスカーナ!』

第59回『踊れトスカーナ!』 kat 2009年10月4日(日曜日)

 本作はイタリア、トスカーナ地方の美しい自然を背景にした、レオナルド・ピエラッチョーニ監督・主演のラブコメディ。

 トスカーナ地方の田舎町で会計士として働くレバンテ(レオナルド・ピエラッチョーニ)が、素人画家の弟リーベロ(マッシモ・チェッケリーニ)、レズビアンの妹セルバジャ(バルバラ・エンリーキ)と父と共に暮らす町外れの農場に、スペインから来たフラメンコ・ダンサーの一団が道に迷い訪ね、一夜の宿を借りることに。ダンサーの一人、カテリーナ(ロレーナ・フォルテーザ)に一目惚れしたレバンテだったが、彼女は自分が町で働いている間に旅立ってしまう。
…はずだったが、狭い町のこと、「お前のうちでフラメンコを踊っている美女たちは誰だ」と友人からやっかみ混じりの言葉を投げられる。
まだ家にいる!レバンテは仕事を投げうって、愛車のバイク、モトベカンにまたがり、家路を急ぐ。

モペット モトベカンとは、フランスの人気モペット(空冷2サイクル短気筒エンジンを搭載した自転車)で、バリエーターが取り付けられ加速もスムーズに行われる。日本では原付2種の区分で、自転車モードにしてペダルをこいで走ることもできる。レバンテは立ちこぎもまじえて急ぐ。ところが農場に着いてカテリーナの舞う姿に見とれ、倉庫の壁に激突、20年来の友だったモトベカンは無残な姿に。レバンテはその亡がらに「キャブレターを埋葬してやるからな」と言葉をかける。近年は、排出ガス規制への対応から燃料噴射ポンプへの移行が進んでいるが、1956年以来基本デザインが変わらないモトベカンで積んでいるのは、もちろんキャブレターである。

 本作の原題は“IL CICLONE”、英語で言えばサイクロン、つまり熱帯低気圧や暴風を指す。平穏な田舎町の変わりばえのしない生活にカテリーナらダンサー一団がもたらした嵐、という意味だろうか。風を切って走り風とともに去ったモトベカンのほか、カテリーナが練習するブーメランなど、風をイメージさせる小物が散りばめられ、そこにフラメンコの熱気が加わって、サイクロンとなるのであろう。サイクロンに巻き込まれた人々の「それから」は?ラテン系テイストのラブストーリーも、たまにはいい。

第60回『ロープ』

第60回『ロープ』 kat 2009年10月12日(月曜日)

 本作は、アルフレッド・ヒッチコック監督がカット割りなし、全編1ショットで撮影した実験作。それぞれIQ200超という二人の青年が明確な動機もなしに殺人をはたらいたレオポルト&ローブ事件が題材とされている。ここの二人も、ニーチェの超人哲学にかぶれ、自分たちは法や道徳を超越した存在だと感じている。

 白昼。ニューヨークの高層アパートの一室で、「超人」を標榜するブランドン(ジョン・ドール)とフィリップ(ファーリー・グレンジャー)は、大学の同窓生デビッドを「凡人」としてロープで絞殺する。自分たちが人より優れていることを証明するためだけに、である。デビッドの死体は、棺のように長いチェスト(日本の長持ちみたいなやつである)の中にしまう。大胆にもブランドンは、死体をそのままに、ピアノの演奏旅行に出るというフィリップの送別会を口実に、デビッドの親と婚約者、友人関係を招いてパーティーを開く。しかも死体を隠したチェストの上に燭台を置き、料理や酒を並べ、ゲストに振る舞うのである。ゲストの一人、大学時代の舎監だったルパート教授(ジェームズ・スチュアート)は、主催者二人の行動に疑惑を抱いていく。

 劇中、見ている側は、パーティーの楽しい会話の中にも、チェストの中で静かに横たわる死体を意識しないではいられない。長持ちの中に人が横たわっているといえば、江戸川乱歩作『お勢登場』であろうか。妻・お勢が不倫相手のもとに出かけている間、子供たちとかくれんぼして遊んでいた夫・格太郎は、隠れた長持ちの留め具が締まってしまい、完全に閉じ込められてしまう。帰宅したお勢が、長持ちの中で格太郎が抗う音がするのに気づき、いったんは夫を助けようと長持ちの留め具を外し上蓋をわずかに持ち上げるのだが、次の瞬間には心変わりして、蓋を下ろし鍵をかけてしまう…。

 ここで上蓋が開くのは、ご存知のとおり、留め具のある側の反対側になる上下の蓋を蝶番(ヒンジ)でつないでいるからである。中心の軸で回転運動があり、蓋の開け閉めが可能になる。本作のチェストや長持ちなど高級家具では、静かに開け閉めできるようにヒンジの部分は最適なすき間が保たれ、潤滑性もよい表面処理などがなされているのであろう。最近であればフッ素樹脂コーティングなどがなされているものもある。いずれにしても、お化け屋敷のドラキュラの棺のように開くときにギーッという不快な音は出ない。先日、ニンテンドーDSのヒンジ部分が壊れて放っておいたら、ディスプレイが表示しなくなってしまった。ヒンジ部分に配線があって断線してしまったらしい。このヒンジも音もなく開け閉めでき、音もなく壊れていたが、無給油の樹脂部品が使われていた。もちろん樹脂の強度の問題というよりは使用上の問題で、子供が手荒に扱ったせいだろう。

 話が脇に逸れまくったが、本作のチェストのように、こんなに静かで存在感のあるアイテムもめずらしい。殺人に使われたロープの行方からももちろん目が離せない。