日本の人工関節の“いま”

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 手術台など手術室向け製品、インプラント製品など整形外科向け製品、脳動脈瘤手術クリップなど脳神経外科向け製品と、製造技術と品質管理で信頼性の高い医療機器を市場に投入している瑞穂医科工業。

 今回は、高度な技術を保有しながらも欧米メーカーの後塵を拝しているわが国の人工関節の市場拡大に向け、要求寿命30年の長寿命化を目指す人工関節の市場と技術開発の状況について同社開発部 インプラント製品開発グループ チーフマネージャー住谷健二氏に話を聞いた。

 傷んだ関節を手術で置き換えるために必要な人工関節。名前を聞いたことはあるけれど、あまり知られていない人工関節の“いま”をお届けする。

システム図人工股関節は、一般的に骨盤側のソケットとインサート、大腿骨側のステムと骨頭球で構成される。システム組み立てシステム組み立て後

股関節と膝関節が市場の9割

−人工関節の市場について教えてください。
住谷氏1瑞穂医科工業㈱ 開発部 インプラント製品開発グループ チーフマネージャー住谷健二氏 整形外科で使用されるインプラント製品のうち、人工関節で最も多いのが股関節、次いで膝関節と続き、この二つの部位で九割以上を占めます。残りが指や肘、踵などの人工関節となります。

 関節の市場は全体で880億円と言われていますが、股関節だけで550億円、膝関節が約300億円弱くらいでしょうか。

 整形外科のインプラント産業は市場が大きいため、多くの企業が参入していますが、そのほとんどを海外メーカーが占めています。

 これは、整形外科の分野では欧米諸国がリードしていることから、日本の医師が欧米に留学し、そこで使用していた製品を日本でも引き続き使用することが多いためと思われます。

 しかし、決して日本の技術が欧米に劣るわけではなく、医療政策の拡充と相まって、今後日本製品のシェアが拡大していくと見ています。

メタル・オン・ポリエチレン主流の中、ハード・オン・ハードが漸増

−人工股関節システムの市場動向について教えてください。
住谷氏2  人工股関節では、ソケットというカップの中で、大腿骨に固定されるステム先端の骨頭球(ヘッド)が動くことで股関節の動きを再現します。

 人工関節システムとしては、生体適合性が高く耐摩耗性・低摩擦性に優れる超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)製のソケットと、コバルトクロム合金(Co-Cr-Mo)やアルミナ・ジルコニアなどのセラミックスなどでできたヘッドとの組合わせとなります。

ポリエチレンソケット     ポリエチレンソケット このうち、市場に出ている製品の組合わせとして多いのは、メタル・オン・ポリエチレン(編集部注:コバルトクロム合金などメタルのヘッドとポリエチレンのソケットの組合わせ)で、コバルトクロム合金のヘッドとポリエチレンのソケットの組合わせが主流です。

 矢野経済研究所の調べでは、2008年度は約83%がメタルあるいはセラミック・オン・ポリエチレン、約10%がセラミック・オン・セラミック(編集部注:いずれもセラミックのヘッドとソケットの組合わせ)、約7%がメタル・オン・メタル(編集部注:メタルのヘッドとソケットの組合わせ)とあります。ただし近年の傾向として、セラミック・オン・セラミックやメタル・オン・メタルの伸び率が高く、ハード・オン・ハードの方向に進んできています。

ポリエチレンでは摩耗対策が重点

−人工股関節システムの技術動向について教えてください。
住谷氏2 人工関節で以前から要求されているのは、人工関節製品の寿命に大きく影響を及ぼす「耐摩耗性」を改善することです。

 超高分子量ポリエチレンが耐摩耗性に優れるとはいえ、使用とともにポリエチレンが徐々に摩耗していくことで、わずか数年で人工股関節の再置換手術が必要となるケースもあり、近年はポリエチレン製ソケットの摩耗対策への取組みが多々なされています。

 たとえば無酸素下でポリエチレンをガンマ線照射することによりクロスリンク(架橋結合)させ、耐摩耗性を向上、摩耗粉による骨溶解を防止しています。また他社の例ですが、人工股関節の摺動面を構成するポリエチレンライナーの表面に、生体適合性リン脂質ポリマー(MPC)の処理層を被覆させ、耐摩耗性を向上させる技術が実用化されると聞いています。

セラミックは破壊靭性向上、メタルはイオン溶出と潤滑性向上が課題

−市場はハード・オン・ハードに流れてきているという話ですが。
住谷氏2 業界内では、材料の摩耗を減らすことで30年以上という長寿命の人工股関節をつくろうという意向が強く、新しいハード・オン・ハードの人工股関節システムの開発が進められています。

 セラミック・オン・セラミックの摩耗はメタル・オン・ポリエチレンより少ないものの、セラミックスの物性として脆さの問題があります。

 海外メーカーでは最近、アルミナを主成分として、ジルコニアをコンポジット形成することにより、破壊靭性の高い複合セラミックス材料の開発が進められ、主流の股関節システムになりつつあります。いずれ、国内にも入ってくるでしょう。

 幣社が従来から取り組んでいるのは、潤滑性を持たせたメタル・オン・メタルのシステムです。メタル材料としては耐摩耗性に優れたコバルトクロム合金が主で、どういう形のクリアランスを保つかにより、潤滑性の良否が決まります。そうした面で、加工面での品質安定では失敗と成功を繰り返してきましたが、加工品質が安定してくると、今度は「コバルトイオンの溶出」という問題が出てきました。

 コバルトクロム合金などメタルが生体組織に接触する場合、体液による腐食が問題となります。

 通常は表面に形成される強固な酸化被膜(不働態膜)で腐食が防止されますが、摩耗によって新生面が現れると、不働態膜が再生するまでの間に金属イオンが溶出しアレルギー反応を引き起こしたり、溶出イオンが高濃度になると細胞の分化と増殖に影響し、ついには細胞を死滅させます。

メタルのソケットと骨頭球      メタルのソケットと骨頭球 そこで、メタル・オン・メタルの股関節システムでコバルトイオンの溶出を防ぐ目的から、コーティング技術やコバルト自体の耐久性を上げる技術などが研究されてきています。


 潤滑性を向上するコーティング技術としては、イオン注入やDLC(ダイヤモンドライクカーボン)など様々なコーティングを医療分野に適用する研究が行われています。

 しかしこれらの手法は短期間では良い結果が得られるものの、コーティングの耐久性という点から、人工股関節に要求される寿命30年という長期使用を考えた場合、安全性の確保が難しい状況です。

 そこで、材料つまりコバルトクロム合金自体の性能を活かす技術や、流体潤滑を発生させるような表面形状の研究による対応が進められています。

人工関節の市場拡大に向け、評価方法の確立が課題

−今後の展望についてお聞かせ下さい。

住谷氏2 先述の通り、人工股関節では摩耗の抑制が課題です。

 ポリエチレンに代わる材料の開発や、また破壊しにくいハード・オン・ハードへの置換えなど対応は様々ですが、当社ではメタル・オン・メタルのシステムにおいて、コーティングにより摩耗を防ぐ技術やメタルそのものを改質する技術などに注力していきます。

 わが国の人工関節業界の課題としては、インプラント製品の評価方法確立があります。

 今、人工関節の分野にベンチャー企業などが参入しようとしても、どういった評価をすれば厚生労働省の承認が取得できるかという明確な基準がなく、わが国の人工関節市場を拡大する上での障壁となっています。

 そこで現在、インプラント製品の評価法をJIS化する動きが広がっており、様々な委員会が立ち上がり幣社もそれらに参画しています。


 また、工業用材料のJIS規格は多数あるものの、生体材料のJIS規格はほとんどないため、厚生労働省に承認申請書を出す際に、使用する材料がすべてアメリカ試験・材料協会(ASTM)規格やISO規格に準じることになり、購入が困難になるなどの問題がありました。海外の規格に準じると日本メーカーの材料が使いづらくなり、日本の医療機器マーケットの活性化が停滞する結果にもなります。

 生体材料では現在、チタンやコバルトクロム合金、ステンレスなど10以上のJIS規格が制定されていますが、わが国の医療機器市場のさらなる拡大のためにも、生体材料のJIS規格を今後より一層広げていく必要があるでしょう。

瑞穂医科工業株式会社
創立:大正8年
主要品目:整形外科、手術室設備機器、脳神経外科、一般外科、止血縫合機器・器材、小動物用手術機器・器材
主要製品:整形インプラント(プレート・髄内釘・人工関節など)、骨手術器械、各種手術台、患者移載装置、電気手術器、吸引機、内視鏡外科手術器械、マイクロ手術器械、脳動脈瘤クリップなど