第81回~第90回

第81回~第90回 admin 2010年4月19日(月曜日)

第81回『恐怖のメロディ』

第81回『恐怖のメロディ』 kat 2010年4月18日(日曜日)

 本作はジョー・ヘイムズ原作、クリント・イーストウッド初監督、主演の作品であり、ストーカー・ホラーの走りである。

 ディスク・ジョッキーとして、モントレイ半島のローカル局KRMLラジオの花形DJ、デイブ・ガーランド(クリント・イーストウッド)のもとに、決まった時刻に若い女の声でジャズの名曲「ミスティ」のリクエストが届くようになる。彼にはチャーミングな恋人トビー(ドナ・ミルズ)がいたが、ある事情で町を離れている。そんな折のある日、リクエストの主で情欲的な女性イブリン・ドレイバー(ジェシカ・ウォルター)が、デイブが事務所がわりに使っているバーに現れ、二人はそのまま彼女のアパートへ。デイブには行きずりの女性でしかなかった彼女はしかし、いつしかデイブのアパートにたびたび訪れるようになる。さらには町に戻ってきたトビーとデイブが一緒の場面を目撃するや、デイブのアパートに怒鳴りこみ、散々わめき散らしたあげく、浴室に立てこもりに手首を切る始末。彼女をむげには追い出せなくなってしまうデイブだが、そこにイブリンの異常な行動が追いかけていく。

 デイブはDJなので、しゃべりのほかにレコードをかけるといった放送シーンがたびたび登場する。人気DJデイブの持ち時間は長いらしく、席を離れることもあるようだ。何しろラジオなので声だけ聞こえればいい。離籍のときデイブは、録音しておいたテープを流しておく。それはテープを再生機にセットするというものではなく、オープンリール式再生機のヘッドやテープ送りの部分に手でテープを巻き付けるのである。リールに巻き取られたテープを記録装置に装着し、記録/再生用のヘッドやキャプスタン、ピンチローラーというテープ送り機構を経由して、巻き取り側のリールに巻きつけられ、記録/再生が行われる。本作は1971年なのでこの後に、モータの軸受や潤滑性のよいエンジニアリングプラスチックを使ったローラーなどの技術も手伝って、静音性に優れる家庭用VTRが登場、かの「VHS 対ベータ戦争」が勃発することになる。テープ走行系のメカが花盛りのころである。

 『ダーティハリー』シリーズのワイルドなイーストウッドと違い、本作の彼は優男である。初監督作に本作を選んだというのは、どちらかというと彼自身のキャラがデイブに近かったりするのか、あるいは自身のストーカー被害体験からかもしれない。どこかセクシーなイーストウッドの一面をのぞかせる一作である。

第82回『ハネムーン・イン・ベガス』

第82回『ハネムーン・イン・ベガス』 kat 2010年5月10日(月曜日)

honeymoon ラスベガスとハワイを舞台に、結婚を間近に控えたカップルと、2人に横槍を入れるギャンブラーの恋愛騒動を描くコメディ。プレスリーのカバー曲が全編に流れている。

 ニューヨークの私立探偵ジャック・シンガー(ニコラス・ケイジ)と恋人ベッツィ(サラ・ジェシカ・パーカー)は、結婚式を挙げるべくプレスリーのそっくりさん大会が開かれるラスベガスに到着。しかし、カジノではしゃぐジャックは、ベッツィに一目惚れの大富豪のギャンブラー、トミー・コーマン(ジェームズ・カーン)にポーカーでカモにされ、6万ドルの借金を作ってしまう。借金を帳消しにする交換条件にベッツィとコーマンが週末を過ごすことを約束させられたジャックだが、ベッツィを略奪しようともくろむコーマンの行き先はなんとハワイの別荘。ジャックは連れ戻そうと後を追いハワイへと飛ぶが、コーマンの仲間の妨害工作を受け、ジャックとベッツィはすれ違ってしまう。

 妨害にあって飛行機にも乗れないジャックは、エルヴィスのそっくりさん集団の乗るセスナに乗りこむことになるが、エルヴィスの格好でスカイダイビングするという条件付き。パラシュートの開傘は、リップコードを引くことでハーネスで体に固定されたコンテナからスプリングが内蔵されたパイロットシュートが飛び出て、これによってメインパラシュートがたたみ込まれたメインディプロメント・バッグが引き上げられ、サスペンションラインが完全に伸び切ると、バッグからメインパラシュートが引き出されるという仕組み。しかし説明するエルヴィス仲間はジョーク好きで、ジャックはどのコードを引いたらいいか混乱したままダイブすることに…。

 はたして、ベッツィを取り戻すエマージェンシー・パラシュートは開くのか?二人の男を魅了しドタバタ劇を演じさせるヒロイン役、『セックス・アンド・ザ・シティ』のサラ・ジェシカ・パーカーのセクシーぶりも見逃せない。

第83回『アイ・ラブ・トラブル』

第83回『アイ・ラブ・トラブル』 kat 2010年5月30日(日曜日)

 ライバル紙の事件記者の男女が、列車事故にからむ陰謀をめぐりスクープ合戦を繰り広げるロマンティック・サスペンス・コメディ。

 事件記者から作家になったシカゴ・クロニクル紙の名物コラムニスト、ピーター・ブラケット(ニック・ノルティ)は、ピンチヒッターとして出掛けた列車の脱線事故の現場の取材で、ライバル紙であるシカゴ・グローブ紙の美人記者サブリナ・ピーターソン(ジュリア・ロバーツ)と出会う。ピーターが新米と侮っていたサブリナは、翌朝の朝刊で列車事故に紛れて殺された男のスクープを掲載、ピーターは本腰を入れて事件を追い、2紙の事件記者によるスクープ合戦が始まる。二人は事件の背景にチェス化学の開発したLDFという、子牛に乳を出させる画期的な物質があることをつかむが、真相に迫るにつれ、二人の身に危険が迫っていく。

 サブリナが危険を冒し夜間に潜入したチェス化学では、不思議なことに近代的な本社ビルで牛が飼われている。実験のためということであろうが、整然としたオフィス内に柵もなく牛がいるのは、何とも不思議な光景である。この牛たちのために、夜間にピック・アンド・プレイスのロボットが定期的に干し草を運んでいる。自動車のラインなどで部品をつかんである場所においていく、あの典型的な産業用ロボットである。たぶんこの干し草にLDFという物質を配合しているのだろう。どこか、夜間に蛍光灯をつけて鶏に昼だと錯覚させ、卵を多く産ませる仕組みを連想させる。

 アクションを抑えたニック・ノルティと少し色気を抑えたジュリア・ロバーツのコミカルな役どころと、二人の巧みな化かし合い、恋の行方と、スリリングな場面でのメカの活用も見逃せない。

第84回『エアポート’77 バミューダからの脱出』

第84回『エアポート’77 バミューダからの脱出』 kat 2010年6月20日(日曜日)

 本作は、ハイジャックの末にバミューダ海域に沈んだ豪華旅客機の脱出劇を描くパニック大作。

 億万長者で美術収集家のスティーヴンス(ジェームズ・スチュアート)は、コレクションと邸宅を美術館として寄贈するため、自家用ジャンボ機にスポンサー、友人らと美術品を乗せパームビーチまで運ぶことにした。パイロットはドン(ジャック・レモン)、旅の責任者はドンの恋人でスティーヴンスの秘書のイブ(ブレンダ・ヴァッカロ)で、富豪のエミリー(オリヴィア・デ・ハヴィランド)、ニコラス3世(ジョセフ・コットン)、海洋学者のマーティン(クリストファー・リー)と妻カレン(リー・グラント)などが搭乗している。その中には、美術品をねらうハイジャックの一団もまぎれていて、ドンをコクピットから誘い出したのを合図に、催眠ガスを客室に流す。みんなを眠らせている間にセントジョージ島に美術品を持ち出す計画だ。実は副操縦士も一味で、ドンに代わって操縦桿を握り、低空レーダーにかからないよう海面すれすれで飛行するが、濃霧で視界が悪く油田タワーにジェットエンジンの一つが接触、機は姿勢を崩し、そのまま海底へと突っ込んでしまう。

 本作では、コックを回す場面がよく登場するが、その一つに、ガスを客室に送る場面がある。ハイジャック一味はあらかじめ客室送気管に、あるボンベをつなぐ。麻酔に使うCR-7ガスというやつである。操縦士が入れ替わったタイミングでガスマスクを装着した一味がコックを回してバルブを開き、その麻酔のガスを客室に送る。搭乗客は一人、また一人と気を失っていく…。

 何トンもの水圧がかかっている機体をバラバラにすることなく、バミューダ海底からどう引き上げるのか。オールスターキャストによる迫真の演技に加えて、この壮大でメカ的な作戦も見どころの一つである。

第85回『ヒンデンブルグ』

第85回『ヒンデンブルグ』 kat 2010年7月4日(日曜日)

 本作は1937年5月6日にアメリカ・レイクハースト海軍飛行場で発生したドイツのツェッペリン型硬式飛行船ヒンデンブルグ号の爆発事故を、ロバート・ワイズ監督が人為爆破説に基づき映画化したサスペンス。1975年アカデミー賞特別視覚効果賞、特殊音響効果賞受賞作品。

 ナチス・ドイツがゲルマン民族の優秀さのシンボルとして建造、プロパガンダ的に大きな意味を持つ全長245mの大飛行船「ヒンデンブルグ号」は、1936年に空の豪華客船としてドイツ・フランクフルトとアメリカ・ニュージャージー州レイクハーストを結ぶ大西洋横断航路に就航、その年のうちに往復10回のフライトを無事にこなしたが、翌1937年の春、ミルウォーキー在住の女性が「ヒンデンブルグ号が時限爆弾によってアメリカ上空で爆破する」と予言した。予言を一笑に付しながらも、権威を脅かされることに神経質だったナチスは宣伝相ゲッペルスが命を下し、ドイツ空軍のフランツ・リッター大佐(ジョージ・C・スコット)をヒンデンブルグに乗り込ませ厳戒体制をとらせた。フォン・シャルニック伯爵夫人(アン・バンクロフト)、ブロードウェイの製作者・作曲家のリード・チャニングと夫人のベス、アメリカの大手広告代理店の重役エドワード・ダグラス(ギグ・ヤング)、アメリカ人の貿易商アルバート・ブレスロー、イギリス陸軍少佐アール・ナピア、アクロバット曲芸師ジョセフ・スパ(ロバート・クラリー)、一等整備士ベルト(ウィリアム・アザートン)など、いわくありげな乗客ばかり。

 ヒンデンブルグ号は、浮揚に水素ガスの気嚢を、枠組みにアルミ合金ジュラルミンを用いていた。水素ガスを使ったのは、ヘリウムはアメリカが占有していてドイツへの軍需物資輸出が禁じられたからで、ジュラルミンは当時、ドイツ最高機密の材料だった。枠組みを覆う外皮は木綿だが、紫外線や赤外線から保護するため酸化鉄・アルミニウムの混合塗料(テルミット)が塗られていた。本作では、ヒンデンブルグ号爆破事故がヒトラーの威信をおとしめようと爆弾を仕掛けたという説を採るのだが、実際には飛行中に蓄積された静電気がもとで酸化鉄・アルミニウムの混合塗料に着火、水素ガスの気嚢が爆発したということが判っている。

 作中、その考証に基づいたようなシーンもある。ヒンデンブルグ号が火山の上空を通過しようというときに、一瞬の停電ののち発光現象が起こる。プルス船長(チャールズ・ダーニング)は「セントエルモの火(セントエルモス・ファイヤー)」のせいだ、という。セントエルモの火は、火山灰と機体表面の塗料との摩擦で静電気が生じ、青白いコロナ放電をもたらす。計器類など電子機器に影響を与えることもある。静電気が蓄積していたという史実もにおわせている。今年春先のアイスランドの火山噴火では、火山灰を吸い込んで航空機のエンジンが停止、欧州空路が大混乱に陥ったが、火山灰はエンジンを停止させるだけではないようである。

 ヒンデンブルグ号の事故後、水素を積んだ飛行船はすべてナチスにより破壊、ツェッペリン型飛行船はのちに米軍がヘリウムガスを積んで採用した。今春から日本で運航している旅客飛行船「ツェッペリンNT」号は全長75.1mで現存する飛行船としては世界最大で、もちろんヘリウムガスで浮揚、穏やかな遊覧飛行を楽しめるとして注目を集めているという。

第86回『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』

第86回『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』 kat 2010年7月11日(日曜日)

 本作は、『シザーハンズ』以来の名コンビであるティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演によるスプラッター・ミュージカルである。まあ、そんなジャンルがあれば、だが。

 19世紀、ロンドン・フリート街で理髪店を営むベンジャミン・バーカー(ジョニー・デップ)は愛する妻と娘と幸せに暮らしていたが、美しい妻に恋をしたターピン判事(アラン・リックマン)の陰謀で、バーカーは無実の罪で投獄されてしまう。15年後、バーカーはスウィーニー・トッドと名前を変え、フリート街に戻って来た。ロンドン一まずいと言われるミートパイ屋、ミセス・ラペット(ヘレナ・ボナム=カーター)の店の二階に理髪店を構え、妻を死に追いやり今や娘を妻にしようとするターピン判事への復讐を誓う。

 さて、スウィーニー・トッドはタービン判事を理容椅子に座らせて切れ味の良いカミソリでしとめようと、練習台とミセス・ラペットのパイの材料として、日々身寄りのない客の首筋にカミソリを走らせ、殺戮していく。この理容椅子がすごい。ふつうの理容椅子のリクライニングは床に対し水平に倒れる程度だが、トッドの改良した理容椅子はさらに90°後ろに倒れる。つまり死体は宙づりになるや床へと落ちていく。と同時に床板がリンク機構で下に引っ張られ、床にぽっかりと四角い穴が空く。野球盤でホームプレートが引き下げられ、穴が空いて、ボールがそこに吸い込まれていく、あの「消える魔球」のカラクリのように、死体はその穴へ、地下室へと落ちていくのである。まるでダストシューターで送られるゴミのように、ミセス・ラペットのパイの具として…。

 作中、妻と娘を愛するトッドの思いが切々と歌で語られるが場面の半分は血しぶきである。スプラッター・ミュージカルとしか言いようがない。ちょっと直視するにはきついが、歌う殺人鬼、ジョニー・デップの役どころは見逃せない…かもしれない。