第142回 中国高速鉄道に求められる二重三重の安全設計

第142回 中国高速鉄道に求められる二重三重の安全設計 コダマ 2011年8月1日(月曜日)

東北新幹線はやて 中国東部の浙江省温州市付近で7月23日、高速鉄道「和諧号D3115」が後続の高速鉄道車両「和諧号D301」に追突され脱線事故を起こし、車両4両が地上20~30mの高架橋から転落した。D3115はカナダ・ボンバルディア製Regina C2008型をベースにしたCRH1型、D301は日本・川崎重工製E2系1000番台(東北新幹線はやて)をベースにしたCRH2型とされる。

 技術供与した両社とも「車体と事故は関係ない」との声明を出しているように、中国が自主開発した列車運行センターのデータ収集装置のプログラムソフト設計に欠陥があったと中国鉄道省の責任者が発表した。温州南駅の信号設備が落雷で故障した影響で、D3115は搭載している列車制御装置が不安定になったためいったん停車、その後規定に従い徐行運転をしていたところ、後続のD301には走行可能の信号が伝わっていたため通常速度の時速百数十km~200km前後と減速することなく走行し、D3115に追突したという。

 当初、落雷による信号機故障のみが報じられたが、関係者が口を揃えて言うとおり、最高時速250kmという高速車両は、(誤っていたという)信号を目視してから減速・停止できるものではなく、わが国の新幹線が1964年の東海道新幹線開業以来採用している「ATC(自動列車制御装置)」により、先行列車との間隔や進路の条件を見て自動的にブレーキがかけられることで車両同士の接触事故が防止されている。台湾新幹線にも採用されている最新のATCシステムでは、地上から各列車に前方列車の位置や速度制限などの情報を伝送、各列車では車上に記憶されているブレーキ性能など車両性能データや路線データから、最適なブレーキパターンを作成し、そのブレーキパターンと自分の列車の走行速度を照査し、最適なブレーキをかける。

 また車両や線路・電機設備などに異常を発見したときなどに列車を緊急に停止させて安全を確保する「列車防護システム(ATP)」もある。世界の高速車両の常識であり、中国でも構築されているはずと信じられてきた。原因は明らかにされていないが、今回の事故ではこのシステムが働かなかったのは明白だ。

 地震の多いわが国では、「地震警報システム」も包括した列車防護システムを構築している。地震警報システムは、地震の初期波であるP波を新幹線沿線の地震計または周辺検知点で計測、P波を基にして地震の震源と規模を推定。その規模が一定以上の値を示した場合、新幹線への送電を止め、主要動であるS波が来る前に非常ブレーキがかかる仕組みとなっている。これにより先の東日本大震災のときにも本震の数秒前に地震警報システムがP波を検知してATCが作動、脱線することももちろん死傷者を出すこともなく東北新幹線は一斉に停車した。

 わが国の新幹線が約半世紀にわたって高速走行での安全神話を確立している背景には、防護する列車の運行管理システムだけでなく、ATCを確実に履行する車両や線路などの二重三重の機械的な技術開発とその保守管理も貢献している。

 たとえば、車両。電気指令式空気ブレーキ(今回の事故車両でも採用)では、電気ブレーキを優先的にかけて負担しきれない分を空気ブレーキで賄い機械ブレーキの摩耗を減らす制御や、高速域で車輪・レール間の粘着力(車輪からレールに伝達される力)が低下することから、速度に対するブレーキ力のパターンを定め、速度に応じてブレーキ力を変化させる制御などがある。

 こうした制御を全うするには、車輪とレールの接触状態を安定させる軌道状態の管理も重要になる。電気軌道総合試験車(ドクターイエロー)などによりレールの傷や摩耗量を走行しながら超音波探傷し、保守計画を策定し保守作業を実施することで、軌道状態がどの区間においても良好な状態で均一になるよう、管理がなされている。

 中国の高速鉄道は2007年の「第6次鉄道高速化」により営業運転を開始したばかりだが、昨年末には総延長約8,000kmに達し、さらに2015年までに1万6,000kmに拡大する計画で、急ピッチの建設・路線拡大に安全管理が追い付くのか疑問視されていた。今回はソフト面の不備による事故と見られるものの、こうした急拡大にあってハード面での保守管理がおろそかにされていることも懸念され、車両や線路などに起因する事故が引き起こされる可能性も否定できないだろう。

 「中国独自のシステム」と謳い高速車両の輸出を進めるのは結構だが、鉄道という大量輸送機関で優先させるべきは、何より安全である。行きすぎた高速志向を今一度見直し、高速走行での安全確保でソフト・ハード面ともに多くの実績・経験を持つ欧州やわが国などに再度学び安全確保に努める、真摯な姿勢が求められている。