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第92回 「産業構造ビジョン2010」が示す、ものづくり産業の方向性

mhi提供:三菱重工業(Approved by Taiwan High Speed Rail Corporation) 経済産業省の産業構造審議会産業競争力部会がこのほど、昨年12月30日に閣議決定された新成長戦略(基本方針)を踏まえ、日本の産業の行き詰まりや深刻さを踏まえ、今後わが国がどう国富を稼ぎ、雇用を増やすかについて議論し、最終報告書「産業構造ビジョン2010」を取りまとめた。日本経済を再び成長の軌道に乗せるには、国を挙げて産業のグローバル競争力強化に乗り出すことが必要で、そのためには政府・民間を通じた(1)産業構造の転換、(2)企業のビジネスモデルの転換、(3)「グローバル化」と「国内雇用」の関係に関する発想の転換、(4)政府の役割の転換という、四つの転換が必要不可欠と指摘した。

 まず産業構造の転換とは、自動車のみの一本足打法から、インフラ関連/システム輸出、文化産業、環境・エネルギー課題解決産業、医療・介護・健康・子育てサービス、(ロボット、宇宙などの)先端分野といった、外的なショックにも柔軟に対応できる多極的な構造(八ヶ岳構造)へと中長期的に産業構造を変革させること。たとえばインフラ輸出では鉄道が先行しているが、ここではわが国の得意とする車両の高速化やメンテナンスフリーに貢献するベアリング技術や、架線やレールの材料・固体潤滑技術、安全制御に関わる油圧・空気圧技術などのメカ技術が適用されている。また、欧米に比べビジネス化が出遅れている医療技術だが、高分子量ポリエチレンなどの材料やダイヤモンドライクカーボン(DLC)などコーティングなどが支えるインプラントから、転がり軸受や流体軸受、直動案内が支えるCTやMRIなどの画像診断技術など、技術ベースで見ればわが国が先行している。つまり、これら八ヶ岳構造といっている多様な産業構造を支えるわが国のメカ技術は、すでに確立されているといえよう。

 こうしたわが国の先行する技術を事業でも勝ち組にするための転換が、企業のビジネスモデルの転換、グローバル化と国内雇用の関係での発送の転換、政府の役割の転換である。ものづくり大国であるわが国がグローバル競争で生き残るには、とりもなおさず先端技術の開発力の維持・強化は必要であるが、どの基幹技術をブラックボックス化し、どの部分をオープンにして国際標準化を目指すかという使い分けを戦略的に進めるといったビジネスモデルの徹底的な洗い直しを行わなくてはならない。その上でグローバル化=国内雇用の減少という図式を転換し、他国に輸出するためのビジネスインフラを高水準に整備すべく国内雇用を創出する、という発想にあらためようというわけである。先述した鉄道のほか、材料、潤滑、コーティング、軸受やハーモニックドライブ減速機など機械要素技術、制御技術で技術優位性を持つ宇宙産業、安全信頼性のメカ技術、設備診断・管理技術などで実績のある原子力発電産業など、インフラ輸出の対象となる技術・産業は少なくない。

 このグローバル化と国内雇用創出を両立するには、政府の役割は欠かせない。宇宙産業の分野ではすでに、ヨーロッパ企業によるエジプトの通信放送衛星の受注、中国によるナイジェリアの通信放送衛星の受注、ロシアによる南アフリカの衛星の打上げ受注など、国を挙げての受注合戦が始まっている。経済産業省でも先ごろ、官民で構成する「宇宙産業ミッション団」をエジプトおよび南アフリカに派遣したが、わが国では、戦後から1980年代初頭まで行われていた「護送船団方式」と称される個別産業保護的な政策への反動として国は企業活動の自由を保証、市場機能を無批判に肯定する議論や、産業政策における国の役割をすべて否定するような議論も台頭、官民の連携が失われていった。しかし、日本工作機器工業会で会長を務めるTHK社長・寺町彰博氏が言ったように、明らかに「わが国の技術が活躍できるはずの医療分野での政策の遅れが目立つ」といった状況がある。しかし、ある経済産業省幹部によれば、民主党政権に代わってから医療政策の遅れによるわが国医療ビジネスの遅れという危惧感が共有され、厚生労働省との足並みも揃いつつあるという。

 突然の菅直人首相への交替による政府のベクトルの乱れも危惧されるものの、ものづくりに関わる企業としては先述の四つの転換を試みつつ、ものづくりの復権に向けた意識を官民が共有しながら、世界に誇るわが国のメカ技術、ものづくり産業がグローバルに事業ベースでも勝ち組となり、2020年に150兆円という新分野の産業創出、258万人という雇用創出につながっていくことを期待するものである。