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第94回 「はやぶさ」が7年ぶりに帰還、実証技術の産業利用へ

提供:JAXA提供:JAXA 6月13日深夜、小惑星探査機「はやぶさ(MUSES-C)」に搭載されていたサンプル回収カプセルがオーストラリア・ウーメラ立入制限区域に無事着陸、はやぶさは2003年5月のM-Vロケット5号機による打上げ以来、7年ぶりに地球に帰還した。はやぶさのミッションは、近地球型小惑星「イトカワ」(大きさ約500m)から地表のかけら(サンプル)を採取し、回収カプセルで地球に持ち帰るという、世界初のサンプル・リターン技術の確立。地球上でサンプルの分析が行えるため、回収される量が少なくてもその科学的意義は極めて大きいとされる。これまでのサンプル・リターン計画は、非常に大型のロケットが必要とされることから断念されてきたが、高性能化した推進機関「イオンエンジン」の採用により、形状が約1m×約1.6m×約2mで太陽電池パドルの端から端までが約5.7m、燃料を含む質量が510kgという小型軽量の探査機が完成、実現できたもの。

「はやぶさ」には主に、イオンエンジンという新しい技術を使って惑星間を飛行するミッションのほか、自律誘導航法、小惑星「イトカワ」のサンプル採取、推進剤を使用せず地球の重力を利用して軌道の方向や速度を大きく変更する「地球スイングバイ」、回収カプセルを地球に持ち帰る「再突入カプセル」というミッションがあるが、これらに大きく関わっているのも、NECが開発したイオンエンジンの利用によるところが大きい。

提供:JAXA提供:JAXA イオンエンジンはキセノンという気体をイオン化し、電気的に加速して噴射する仕組み(電気推進エンジン)。燃料の効率が非常によいことから、将来の月・惑星探査でも重要な技術として期待されており、「はやぶさ」には、マイクロ波を用いた無電極放電によるプラズマ生成利用した新開発のイオンエンジンが4台搭載されている。

「はやぶさ」は数々のトラブルに見舞われ帰還が危ぶまれた。「はやぶさ」には、小型のロケットエンジンでガスを噴出させその反力で機体姿勢制御と詳細位置制御を行う「化学推進スラスター」が12基実装されているが、たとえば2005年11月に2回目のイトカワへのタッチダウン(微小な重力しかないイトカワからサンプルを採取するため、1秒間程度だけイトカワに着陸すること)を行った後、化学推進スラスターが燃料漏れで全基使えなくなった。これにより姿勢制御が不全になったため、想定外の使われ方だったが、イオンエンジンの燃料であるキセノンガスを中和器から噴射して姿勢を制御することに成功した。しかし、燃料漏れに伴うアウトガスの排出作業などにより帰還が3年間延び、イオンエンジンは設定より長時間稼働しなくてはならなくなった。

 また、円盤の回転する力によってコマの姿勢が安定するような原理で、衛星の姿勢を安定化させ、向きを変える「リアクション・ホール」が3基搭載されているが、そのうち2基が故障した。上述のとおり、通常の姿勢をコントロールする化学推進スラスターは使えない。そのため、帰還に向け姿勢を安定させながら正しく軌道をコントロールすべく、イオンエンジンを噴いては止め、軌道を精密に計測して、どれぐらい軌道に修正をかけるかを決めてはさらに噴射する、という作業が繰り返された。

提供:JAXA提供:JAXA そのイオンエンジンも想定外の環境変化や長時間稼働により、2009年11月、4基ともに異常が報告されたが、JAXAがイオンエンジン4基について中和器の起動確認や流量調整などを実施、スラスターAの中和器とスラスターBのイオン源を組み合せることで、2台合わせて1台のエンジン相当の推進力を得るクロス運転に成功、「はやぶさ」の2010年6月の地球帰還計画が維持されたのである。

「はやぶさ」の帰還に沸く中、そこに満載された世界初の技術の産業利用が始まろうとしている。NECではすでに静止衛星の軌道制御用などでイオンエンジンのビジネス化を推進し始めている。静止衛星は放置すると軌道が少しずつずれて南北にふらふらするようになるため、スラスターで軌道を修正し続けて静止軌道に留める(南北制御)。この作業にイオンエンジンを使うと、推進剤の消費量が小さいため衛星を長期間使えるようになるという。世界最長となる惑星間空間で累積4万時間の運転を達成し「はやぶさ」のミッションを成功させた高信頼性を売り物にしてマイクロ波放電方式イオンエンジンで参入しようとしている。

 イオンエンジン以外でも、重さ数gの金属球をイトカワの表面に撃ち込んで飛び散った粒子を採取する回収技術や、再突入中に受ける最大の空力加熱量がスペースシャトルより何十倍も大きく、表面が数千度という高温になることに耐える再突入カプセルの断熱材技術など、産業分野で転用できそうな技術・アイデアは多いと見られている。発表されてはいないが、予想外の長時間稼働での機械の信頼性を確保した潤滑技術なども、半導体分野など真空応用への展開が可能であろう。トラブルを乗り越えた「はやぶさ」の高信頼性技術の応用展開を期待するとともに、「はやぶさ」のがんばる姿から、わが国ものづくり産業の力強さが再認識された。