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第39回『コーヒー&シガレッツ』

 オフィスや駅の終日禁煙など世界で嫌煙の風潮が強まっているが、本作はジム・ジャームッシュ監督の、タバコとコーヒー好き?の面々がとりとめもない会話をしている、という話が11篇続く映画である。だが、トム・ウェイツやイギー・ポップらミュージシャン、ケイト・ブランシェットやビル・マーレイら実力派俳優のキャスティングで、実にユーモラスな会話を繰り広げている。

 すべての話が俳優あるいはミュージシャンの実名で演じられる。「カリフォルニアのどこかで」では、イギー・ポップとトム・ウェイツはどこかのカフェで落ち合い、何だかんだコーヒーをがぶ飲みし、何やかんやであっさりと二人とも禁煙を解き、お互いの曲がそこの店のジューク・ボックスにないことを揶揄したりしてギクシャクしながら別れる。ビル・マーレイが給仕している深夜のカフェでの話「幻覚」ではGZA、RZAが会話、「寝る前にコーヒーを飲むとインディー500みたいにものすごいスピードで映像が過ぎていく」なんていうセリフが出てくる。インディー・カーの時速は300km近い。そんなものがいくつもいくつも行き過ぎたら、確かにめまいが起こりそうではある。が、就寝前のコーヒーがそんな効果を生むかどうかは定かではない。

 さて、「ジャック、メグにテスラコイルを見せる」という話がある。そわそわするジャック・ホワイトに メグ・ホワイトが促すと、カフェなのにジャックが取り出すのはテスラコイルの装置。テスラコイルは高周波・高電圧を発生させる共振変圧器である。ニコラテスラによって考案されたものは空芯式共振コイルとスパークギャップを用い、二次コイルの共振を利用して高周波・高電圧を発生させるもので、現在でも蛍光管の出荷検査の際に検査装置として使われたり、HIDランプの点灯回路にも応用されるほか、液晶バックライトに使われる冷陰極管を点灯させるための変圧器はフェライト・コアを用いて小型化を実現したテスラコイルである。ジャックはテスラコイルについていろいろと説明し実験を始めるのだが、実は原理についてはメグのほうが詳しいらしく、うまく作動しないのを見かねて、「共振コイルのスパークギャップが開きすぎたんじゃない」とか言ったりする。気まずい感じでジャックが去るが、メグはジャックの「地球はひとつの共鳴伝導体らしいよ」という言葉をひどく気に入ってコーヒーを飲んでいる。

 このセリフは最後の話「シャンパン」でも登場する。ビル・ライスとテイラー・ミードが地球最後の日のような静かな暗がりの一室の昼休み、コーヒーをシャンペンのつもりで飲みながら話をする。なぜかクラシック音楽の話をしている。その流れで「地球はひとつの共鳴伝導体らしい」とのセリフが出る。耳を澄ますと、重低音で音楽が流れているようだ。

 どこかちぐはぐな会話の中にシニカルな笑いがあり、また豪華キャストがコーヒーとタバコをめぐる微妙な演技を繰り広げるという、実に変わった映画である。それぞれカフェという固定した場面ながら、ジャームッシュだけにロードムービーの趣きもある、不思議な風景である。